前橋地方裁判所 昭和35年(ヨ)66号 決定 1960年6月14日
申請人 近藤茂一 外四一名
被申請人 群馬県
主文
申請人らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。
申請費用は申請人らの負担とする。
事実
申請人らは「被申請人は申請人らに対し、金八、一〇〇円を仮に各支払うほか、昭和三十五年五月一日以降本案判決確定にいたるまで毎月金九、一八〇円を翌月二十一日限り仮に各支払え、申請費用は被申請人の負担とする。」との仮処分を求めた。その理由は「申請人らはいずれも群馬県教育委員会より任命され別表のとおり同県内の市町村立学校の宿直警備員として勤務する地方公務員であり、その給与は、被申請人が負担し、申請人各人の宿直ないし日直一回につき二七〇円の割合で計算のうえ翌月二十一日毎にその支払がなされる定めであり、申請人各人一ケ月の受給額は、宿直日直を合わせて少くとも三四回分金九、一八〇円となる。ところが、被申請人は、申請人らに対し昭和三十五年三月二十九日附をもつて同月三十一日限り申請人らを免職処分に付したと称して、同日以降申請人らの就労を拒絶し、申請人らに対し同年四月分として支払うべき給与のうち宿直四回分を支払つたのみでその余の支払および同年五月分以降の給与の支払を拒絶した。そこで申請人らは、右給与の支払を求める本案訴訟を準備中であるが、給与を唯一の収入とする申請人らおよびその家族にとつて右給与の未払により家計は困窮し、もはや本案判決の確定をまつことができないほど差し迫つた状態にあるので、右昭和三十五年四月分の残給与各金八、一〇〇円および同年五月一日以降本案判決確定にいたるまで毎月各金九、一八〇円の給与を翌月二十一日限り仮に支払を求めるため本申請におよぶ。」というのである。
理由
まず、申請人らの申請のうち昭和三十五年五月分以降の給与の仮の支払を求める部分について判断すると、被申請人がこれら将来の給与の支払を拒んでいると認めうる疎明はなく、かえつて被申請人指定代理人佐藤一久同今井文三郎両名審尋の結果によれば、当裁判所において、群馬県教育委員会が発した申請人らに対する免職処分の執行を昭和三十五年四月二十六日停止したため、同教育長は、同年五月二十日附をもつて地方教育事務所長および関係市町村教育委員会教育長宛に、右停止決定のあつた日以降申請人らに対し従前どおり宿日直手当を支給する旨の通牒を発していること、また、被申請人は、申請人らに対し同日以降の四月分手当を既に支払つていること、および被申請人側において同年五月分以降の手当支給の意思あることが認められる。そうとすれば、申請人らのこの点についての保全の申請は、既にその必要性の存しないことが明かである。
つぎに申請人らの申請のうち同年四月分の給与残額の仮の支払を求める部分につき判断すると、本来仮の地位を定める仮処分は、現在の急迫なる強暴を防ぐためになすものであるから過去の賃金等の支払を求めるのは原則として本案訴訟によるべきであり、仮処分によりこれを求めうるのは、その賃金等の支給を受けられなくなつたため他より金員を借り受け、しかもこれが返済を強く迫られる等現在右既存の賃金等の支払を受けなければ本人とその家族の生治を維持する上に直ちに重大な支障を来すような特別の事情の存する場合に限つて保全の必要性があると解すべきところ、本件において申請人らの疎明をもつてはいまだ右のような必要性を充たすに足る事情は認められない。もつとも申請人らのうち松本彦三郎外数名については、友人らより生活資金を借り受け、また、多少の日用品の掛買金債務が存する等その生活状態は必ずしも楽でないことが推測される疎明があるが、前叙のとおり昭和三十五年五月分以降の給与の支払は約束されているのであるから、右債務のため同人らが今直ちに生活上重大な支障を来たすことはないと考えられるので、右の事情の存在は、必ずしも、前記認定を左右するに足らない。
以上のとおり申請人らの本件仮処分申請はいずれもその必要性が認められないので、爾余の点について判断するまでもなく失当としてこれを却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 水野正男 千種秀夫 簑原茂広)